空中秘密基地 2

映画や本の感想が中心です。当然ですが僕の主観と偏見で書いてます?

錯覚のコミュニケーション

『クリーピー 偽りの隣人』(監督:黒沢清 2016 / 日本 130分)

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【あらすじ】
元刑事の犯罪心理学者・高倉は、刑事時代の同僚である野上から、6年前に起きた一家失踪事件の分析を依頼され、唯一の生き残りである長女の記憶を探るが真相にたどり着けずにいた。そんな折、新居に引っ越した高倉と妻の康子は、隣人の西野一家にどこか違和感を抱いていた。ある日、高倉夫妻の家に西野の娘・澪が駆け込んできて、実は西野が父親ではなく全くの他人であるという驚くべき事実を打ち明ける……。

日常の中でじわじわと押し寄せてくる違和感(恐怖)を見せることと画面の陰影。黒沢清監督の持ち味が十二分に発揮された映画でしたよ。

「あれ、これなんか変だぞ」という感じが、暗さと明るさとのコントラストにより増幅され、更なる恐怖を生み出すのです。高倉(西島秀俊)が女性(川口春奈)に聴取するときの光と影の変化、何度も出てくるトンネルという場所を生かしたシーンにはゾクゾクしてスクリーンから目を離すことが出来なかった。

それだけじゃなくて普通の日常の風景が怖い。序盤で高倉と妻(竹内結子)が隣家に引っ越しの挨拶に行く。チャイムを鳴らしても返事がない。帰ろうとしてふと玄関を振り返ると、さぁーっと風が吹いて、奥で半透明のカーテンが揺れている。これだけのシーンなんだけど、これから起こるであろう禍々しい出来事の予感が(まさに)スクリーンから漏れ出してくる。黒澤監督は、特に映画前半は、こうした日常の風景を丁寧に積み重ねていく。そしてある時点になると、その日常が反転してイッキに物語が加速していく。僕たちの世界が「異界」になっちゃうんですよ。

この映画は物語全体がコミュニケーションについて語っているように思えた。僕たちの会話は本当に通じ合っているのか?コミュニケーションが成立していると感じるのは錯覚ではないか?ってことです。夫婦であろうが友人であろうが……。そこがいちばん怖かった。

それにしても香川照之!醸し出す返事の間合いの微妙な遅さとか、目線の泳ぎ方、非常識な態度かと思えば急に常識的な言動に戻ったりするバランスが「普通じゃない感じ」を醸し出す。原作だと誰が犯人なのかわからないような書き方になっているんだけど、映画では香川照之を配役した時点で「あーコイツだっ!」ってなるじゃないですか。それを乗り越える納得の演技でした。

欠点もあるんです。前半はサイコスリラーの完璧を見せつけられたんだけど、事態が実際の神隠し事件をなぞるようになるとリアリティがツッコミどころ満載になる。そこが引っかかる人は、この映画はダメでしょうね。でも黒沢監督がインタビューで答えているように、この映画は「ファンタジー」なんです。寓話なのです。そして寓話は本質的に恐ろしい。その恐ろしさは、映画館の暗がりでこそ実感できると思うのです。