空中秘密基地 2

映画や本の感想が中心です。当然ですが僕の主観と偏見で書いてます?

私たちは「それ」を克服できるのか?

『帰ってきたヒトラー(監督:デビッド・ベンド / ドイツ 116分)

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【あらすじ】
服装も顔もヒトラーにそっくりの男がリストラされたテレビマンによって見出され、テレビに出演させられるハメになった。男は戸惑いながらも、カメラの前で堂々と過激な演説を繰り出し、視聴者はその演説に度肝を抜かれる。かつてのヒトラーを模した完成度の高い芸として人々に認知された男は、モノマネ芸人として人気を博していくが、男の正体は1945年から21世紀にタイムスリップしたヒトラー本人だった。(映画.comより)

最初は戦後70年を経た現代ドイツというのが、ヒトラーの目にはどう映るのか?という普通のカルチャーギャップコメディとしての面白いんだけど、時間が進むにつれて嫌な気分になってくる映画でした。

何が嫌かって、だんだんとヒトラーに親近感を抱き始めている自分がいるんですよ。それはヒトラー役のオリバー・マスッチの演技力もあるし、そもそもこの映画の現代に蘇ったおっさんが本当にヒトラー本人であるという物語内の真実を知っているのがヒトラーその人と、読者とか観客だけなので、構造からしてヒトラーと観客の心情的距離、心理的距離が近くなるのは仕方がないことなんですけどね。まんまとその術中にはまっていく自分にガッカリしたり……。

この映画で面白いのは、フィクションの中に絶妙のバランスでドキュメンタリックに撮られたパートが挟み込まれているところ。タイムスリップしてきたヒトラーが街をさまよったり、ドイツ中を撮影旅行しながら人々と対話したりするシーンは実際に素人さんの前で撮影してるんです。で、彼らはヒトラーをテレビか映画の撮影だと思っているから、不用意に本音を口にするんです。曰く「外国人は騒動の種だ」「収容所に入れて再教育させればいい」サシャ・バロン・コーエンの『ボラット』とか『ブルーノ』なんかと同じ手法です(これらも面白いのので、ぜひ観ると良いですよ)。カザフスタンのジャーナリストに扮したサシャ・バロン・コーエン(この人はイギリス人)がアメリカで様々な人々にアポなし取材する。取材された人は相手が外国人だからと気を許してとんでもないことを口にしてしまう。観客はその不用意さに爆笑しつつも、彼らの発言にはゾッとするんです。

またヒトラー(とその同行者)が極右政党の事務所を訪れる場面も興味深い。そこで「ヒトラー的価値観」で極右の連中をこき下ろすんです。彼らは口ではヒトラーを礼賛しているけど、実は表面的な強さに憧れているだけで、本質的な政治思想については理解していないことが透けて見えてくる。ネオナチなんかは逆にヒトラーを襲ったりするしますからね⁉︎(このシーンがどこまでドキュメンタリーなのかは不明ですが…) でも世間的に右翼と思われている連中がそうだからこそ、一般の人が口にする発言が怖いのです。

もうひとつ、絶対に触れておかねばならないのは、日本の状況と重なって見えたこと。アメリカのトランプ現象やイギリスのEU離脱はドンピシャだけど、日本だって差別発言をする人や自分は愛国者だと声高に叫ぶ人が増えているのは多くを語る必要はないですよね。僕だって映画に出てくるドイツの一般の人と同じように考えてしまう部分が全く無いとは言い切れないのです。

原作が出版された2012年や映画が制作された2015年よりも(わずかな時間しか経ってないのに)状況は悪くなってるし、エンディングとか、ホントに嫌な感じになるけど、それらも全部ひっくるめて「面白い」んですよ。作品が言わんとしているメッセージはわかりやすく、かつ鋭い。今だからこそ観るべき映画です。オススメです!