空中秘密基地 2

映画や本の感想が中心です。当然ですが僕の主観と偏見で書いてます?

地獄はそこにある

『葛城事件』(監督:赤堀雅秋 / 日本 120分)

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【あらすじ】
親が始めた金物屋を継いだ葛城清は、美しい妻・伸子と共に2人の息子を育て、念願のマイホームも建てて理想の家庭を築き上げたはずだった。しかし、清の強い思いは知らず知らずのうちに家族を抑圧し、支配するようになっていた。長男の保は従順だが対人関係に悩み、会社をリストラされたことも言い出せない。そして、アルバイトが長続きしないことを清に責められ、理不尽な思いを募らせてきた次男の稔は、ある日突然、8人を殺傷する無差別殺人事件を起こす。死刑判決を受けた稔は、死刑制度反対を訴える女・星野が稔と獄中結婚することになるが……。(映画.comより)

物語はどこにでもあるような一軒家を映し出して始まります。でも、どこかおかしい。壁には「人殺し」、「死ね」、「出てけ」、「呪 呪」、「死刑」などと誹謗中傷の文字が落書きされている。そして「バラが咲いた」の歌を口ずさみながら落書きを消す一人の男。劇作家でもある赤堀雅秋監督が自身の舞台を実写映画化した作品。舞台は「附属池田小事件」をベースにした「サイコパスの身内を持ってしまった家族の悲劇」を描いたものだったそうなんですが、映画では「土浦連続殺傷事件」や「秋葉原通り魔事件」、「池袋通り魔殺人事件」などの事件を参考にして、さらに「黒子のバスケ」脅迫事件の要素をプラスして、より普遍性がある作品になっています。僕はこの作品を観た直後に相模原の事件を知り、本当に真っ暗な気分になりました。

誰だって家族のことを無条件に全て好きなわけじゃない。というより、ずーっと家族で暮らしていると、親や兄弟の「嫌な部分」も知ってしまうものだと思うんですよ。でも僕たちは友達を作ったり、恋愛したり、結婚したりして、外の世界と接点を持ちながら、折り合いをつけて生きていくんです。でもその「嫌な部分」が何かのきっかけで昇華されずにいたら……。そこには地獄へ続く悪循環が待っている。そしてその「地獄への悪循環は決して他人事じゃないんだ」ってことを、この映画は丁寧に丁寧に描いていく。

物語は次男である稔が無差別連続殺傷事件を起こした後の葛城家とその周辺を描きながら、「事件が起きる前」を挟み込み、この事件がなぜ起こったのか?を僕たちに見せながら進んでいきます。その過程がホントによくある光景の積み重ねだからキツイんです。劇中にも描かれますけど、最初はそりゃ幸せそうな家族なんですよ。それが南果歩さんが演じる葛城家のお母さんが吐き出すように言うなんで、ここまで来ちゃったんだろう」っていう状況になっちゃう。でもよく考えてみると、その幸せそうなシーンの中にも歪みのようなものがほんの少しだけど描かれている。

その歪みを大きくさせているのは、間違いなく三浦友和さんが演じている父親(三浦さんはとんでもなく素晴らしいのです。彼のベストアクトなんじゃないかな?)なのです。「単に親が営んでいた金物屋を継いだけの自分」にコンプレックスを持っていて、それがゆえに虚勢を張ってしまい、家族に高圧的な態度をとる。家族の方もそれを受け入れてしまい、当たり前のこととしてしまう。それは観客も同じで、だから長男である保が「金物屋で父がいつもいる場所に座っ時、“父の世界の狭さ”を知ってしまう」シーンには、僕たちもハッとしてしまうのです。

視線の転換ということで言うならば、次男と彼と獄中結婚する女(田中麗奈)が最後の接見室のシーンで、田中麗奈が他愛もない話を始めると次男が虚を突かれる。その瞬間、ずっと田中麗奈側から撮っていたカメラが稔の方に移るわけですよ。見る側と見られる側が逆転するのです。その時、次男は初めて感情のようなものを見せる。彼は少しは成長したんじゃないか?って解釈もあり得ると思う。

最近、社会で起こった様々な事件を見ると、「◯◯らしさ」から解放された方が人は楽に生きられるんじゃないか?って割と真剣に考えています。この映画で言えば「父親らしさ」「男らしさ」のようなものです。とっくの昔にそういう強い父親像、父権的な家族像なんていうのは成り立たない時代になっているのに、それを受け入れることが出来ない。そこに悲劇がある。でも「◯◯らしさ」を捨てるってことは、別の言い方をするなら「理想を捨てる」ってことだからなぁ〜と迷路に入り込んだりもしてしまうのです。

まあ、ホントに嫌ーな場面ばかりの映画だけど、誤解を恐れずに言うなら、「面白い」作品です。三浦友和さん以外の役者陣の演技も素晴らしい。豊作と言われている今年の日本映画の中でも、特筆されるべき一本だと思います。公開が終わったところが多いけど、近くの映画館でやっていたら、ぜひ観てください。